麗しの五月、山々の緑がこれでもかとばかり綺麗。
さあて歌仙「御代の春」の巻もなごりにはいりました。それにしても虎屋の最中思い出しちゃうな。
先月の初折は花の定座のあと、春の句で終わっておりましたので、無季の長句をおねがいしました。
十二句目は
揺れる白藤簪にして 梶
という句でした。なんとなく日本舞踊の艶姿みたいなので、恋の呼び出しになるかな、と思いました。
しかし、連句の辛さ、打越とのかんけいなどいろいろありまして、
名残表
一句目夕暮れに連れ添って行く宿場町 平井
の句をいただきました。芭蕉の「くたびれて宿かるころや藤の花」の句の気分を本歌取りしたというか。
ややくたびれた二人ですかね。さて付けは
二句 喫茶店から飛び出す女 西
ぶっ!旅の途中で喧嘩でもしたんでしょうか。他に、もっと穏当なつけがさまざまありましたが、何といってもインパクトがあるこの句をいただきました。彼女の行方が気になります。
三句 たたずみし髪のほつれに若葉風 中江
若葉を吹き抜けるさわやかな風に、ふと我に返った彼女。佇んでこれからどうしようと考えるのか。
四句 仕掛け花火の湖面に映えて 平井
季節はすでに移り替わって夏も過ぎる頃でしょうか。一瞬、煌いてあっという間に消えてしまう花火の華やかさと儚さは夏の恋の終わりにふさわしい…のかな。
五句 友逝きてまだ煌々と明けの星 正藤
突然の訃報に寝もやられず、明け方になってしまった。消えて行く星々の中に一つ輝く明けの明星。特別の友達だったのでしょうね。
歌仙は一巻の中に人生のすべてを盛り込むと言います。夏の恋の後には無常迅速。
六句 はるけき山の地図をなぞれば 笹次
上手い!良いつけですね。
はるかな山、それは青春の日の山でしょうね。地図をなぞれば、思い出が次々に浮かんでは消える。前句の、逝きし友は山登りの仲間だったのか。登山家同士の友情の思い出は格別に深いものがあることでしょう。山上の満天の星を仰いだこともあるでしょう。さらりとした付けに思いの濃さを秘めています。無季の句二つながら、そこはかとなく季節が夏から秋へと動いてゆくような味のある運びになりました。
次は月の座を待ちながらの秋の句をお願いしました。
七句 踊子の時に寂しき顔をして 西
「踊り」は盆踊りとか秋祭りの踊りのことと見て、俳句では秋になりますが、現代ではドガの「踊り子」の絵のような職業ダンサーを思う方も多いでしょう。京都の方なら「踊りいうたら都踊りどすえ」と思うかも?
会場でも多少議論になりました。作者は盆踊りのイメージだったようです。
盆踊りはお盆に帰ってくる亡き人たちと踊るものですから、それは哀しく、時に寂しく なりますね。
さて次は秋の短句、その後に月でも愛でようか、と考えております。
写真は芭蕉の館の御床 都忘れの清楚に、御軸は鮎をねらう翡翠。太った鮎だな。