やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

赤唐辛子

なんて鮮やかな赤!

小さめの、しかし、すこやかな唐辛子。なんという赤さでしょう。赤の中の赤。

写真では、影が映りこんで、やや暗めになってしまいましたが、日光の下、輝くばかりのクリムゾンの色調の深さに、むしろ厳かにさえ見えました。

赤は血の色で、生命力豊かさの象徴のように、普通感じられますが、深い瞑想の中では、神の怒りの色、その中で、人は真に祈ることを知るともいわれます。

バチカンの枢機卿様方のお召しになるカーディナル・レッドは殉教の血の色とも言われますし。

採りたての赤唐辛子の赤のあまりの鮮やかさに、つい大仰なことを思ってしました。

豆皿の私の描いた唐辛子は、乾燥してひねてます。

 

日輪のふいに傾く唐辛子  おるか

 

猫たちのスポーツの秋!

真ん中、円盤を投げる猫、その上、考える猫

以上、名彫刻シリーズから。

手前はボールペンを投げる猫。その向こう、子猫リフティング。

そんなスポーツあったっけ?!

ついでに、魚釣り猫(線香も立てられます)

そしてカードフォルダー猫。

猫の世界のスポーツは、さまざまですなぁ!

 

ガーゴイル舌だす秋天どこまでも   おるか

 

 

月を待つ

染付吹き墨板皿 木の葉豆皿

今夜も曇ってます。先ほど、枝影の間に、木漏れ日ならぬ木漏れ月光がちらちらとみえました。

一応お団子だけはお供えしましたけど。雨雲が近づいていると予報が出てますしね。

板皿の上には、満月がでています。

 

月待つや題名知らぬ曲はてて  おるか

 

そうでなくても、谷合に住んでいますので、空が狭くて、月を眺められる時間が短いんですよね。

緑豊かな山里は,美しいんですが、空が狭いのが残念かな。山がすぐ近いので、星座も北側はほとんどみえないし。

でも、井の底の蛙のように「空の深さを知る」ことができる…かな?

 

月流れ奔馬のごとき雲の間の   おるか

 

写真手前の灰釉の徳利は中村久一さんの作品です。徳利だけど秋草も似合います。

 

 

上絵を出しました

秋めいてきたこのごろ、赤絵の窯をだしました

鶏頭の絵の八寸皿と、南天の平鉢

その向こう、椿の汲みだし茶碗、なんだかかわいい感じがして自分では気に入っています。

その向こうは草の葉豆皿。カキドオシとかオオバコとかどこにでも生えている雑草と言われている草草の葉っぱです。色絵の水玉が散っています。草の葉の露も秋の景色の一つですよね。

他は、定番の赤絵唐草のお湯呑み等等。

この夏はあまり暑くて何もしない間にすぎてしまいました。秋は、なにか、新しい器を考えたいとおもっています。

 

 窯を出て皿りりと鳴る星月夜  おるか

 

 

 でも、夢見てうかうかしてると、あっという間に寒くなっちゃうんですよね。心して日々をすごさねば。

 

掌につつむ頬山々の薄紅葉  おるか

 

このあたりの山々はまだ青々して見えますけど。

ベランダに朴の葉の落ちる音がします。

 

和語仏語羅甸語朴の葉の落つる  おるか

 

この秋読みたい本はもう買ってあるんです。G・バシュラールの「夢見る権利」です。

美術について、文学について、めぐらす思索の言葉が詩のように、息も止まるほど美しい。

一気読みせず、毎日、少しづつ読んでいけるといいと思います。この秋の思い出になるように。

 

九月になって

どことなく秋めいてきました。

鉢植えの中にも秋。忽然とキノコさん。

夏の間、暑さのあまり更新できませんでしたが、また、ぼちぼちかいていこうとおもっています。

よろしく。

往く人のみな秋水にふれにけり  おるか

 

 

青の太陽

金津創作の森美術館の「久保寛子 青の太陽 緑の月」展をみてきました。

青いタイルの鳥人が美術館の前で瞑想にふけっています。

下から見上げる位置で撮ったせいもあるでしょうが、人の下半身の上に鳥が止まっているように見えますね。胴が長いなーという感じ。好きな作品だったのですけど。

森の中の三体のスフィンクス。美しい。透けているところが軽やかで、且つ、いかにもapparition っぽい。

 

綺麗なお顔。タイプです。

 

お尻に止まった青い蝶は、会場のあちこちに顕現していました。

産業ゴミ みたいな素材がエッジの効いた存在感をかもして、かっこよかった。

野外作品の展示された人っ子一人いない野原みたいな場所は、好きなんだけれど、このところ福井県は熊が頻繁に出没しているので、やや不安。

夜になったら、熊さんはじめ野生の動物たちが、スフィンクスを礼拝してるかもしれませんね。

美術館内の作品も、面白かったですけれど、一番と二番に好きな作品だけ、のせておきましょう。

去年のメキシコ滞でインスパイアされた作品群だそうです。いいですね、久保寛子さん。お名前憶えました。注目していきたいです。

 

スフィンクスほ問ひやまぬ木下闇   おるか

 

こちらのスフィンクスたちは超然としてましたけどね。

菖蒲の香

菖蒲をいただきました。葉先まで、まっすぐ健やかな見事な菖蒲です。そういえば山の向うで昼花火の音がしていました。

山代温泉の菖蒲湯祭りでしょうか。紅白の法被の若い衆が菖蒲神輿を引き回して、お湯に入れ、にぎやかなものです。夜店も出ているのでしょう。

万葉集のあやめぐさ、は薬効をうたっているようなので、このサトイモ科の菖蒲のことなのでしょう。「蘰にする」云々とありますから、頭に巻いたりしたのでしょう。かなりつよい香りですから、かえって酔いそうな気がしますが。

しゃしんでは菖蒲に蓬も添えてありますが、これも万葉の昔からのこと。大伴家持に

 

「大君の任のまにまに」 からはじまって

「ほととぎす来啼く五月の菖蒲草よもぎ蘰き酒宴遊びなぐれど」云々〈巻18-4116)と続く長歌があります。

 

家持の菖蒲の歌は初夏を待つ気分の

 

ほととぎす待てど来啼かずあやめ草玉に貫く日をいまだ遠みか

 

など有名ですね。玉に貫くのは根を刻んで薬玉とか匂い袋みたいにしたのだろうとおもわれます。

邪気を払う菖蒲の香り。今夜は菖蒲湯を楽しんで、一年の無病息災を祈ることにしましょう。

菖蒲の香山の向うの昼花火  おるか