古今集秋の部一番秋立つ日詠める
秋来ぬと目にはさやかにみえねども風の音にぞおどろかれぬる 藤原敏行朝臣
誰でも知っている歌ですが、歌の通り、まだまだ暑いことは暑いけれど風は秋めいてきたな、と感じます。誰しもが無意識に感じていたことに気づかせてくれるって、詩の魅力の一つですね。
古今集の秋の部は立秋から始まって、時の経過にしたがって、だんだん秋が深まるように、きちんと並べられています。他の季節もそう。几帳面なくらい。
恋の歌も同様、見ぬ恋から始まって偲ぶ恋、手紙を書く、垣間見る、と時間の経過に忠実に並べられてあります。最後は
わすらるる身をうぢ橋の中たえて人もかよはぬとしぞへにける 是則
等等、忘れられてから年がたった嘆きになります。
当然、その流れの中で、これという歌のない場面も出てくるわけですが、そういうときどうするか というと貫之氏を始め、編集の面々が、それらしい歌を作っちゃうんだそうです。そんなの、ありか!って感じですが。
几帳面というべきか、どろなわ というべきか。
写真中央のお皿は八寸弱の大皿。赤絵石榴紋様の小皿は、今回10枚だけつくってみました。
石榴については、俳誌「とちの木」のエッセーに書きましたので、後程えっせー・こーなーに載せる予定です。