やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

白い花の季節

家の中にも白い花

 辛夷やオガタマなど樹上の白い花は去ってしまいましたが、草の白い花の季節はつづきます。

白花延齢草

2年ほど前のこの季節,俳誌「とちの木」に掲載した白い花のエッセーを転載させていただきました。コロナが猛威を振るっていたころですね。

 

 新緑の季節。樹上は緑を日々新たにし、地には星の欠片ように白い花々が咲き乱れ、そして人々は病んでいる。
 パンデミックというSF映画で見かけるような言葉がすでに日常化してしまった。
普段から、山里に蟄居して、めったに人に会わない生活なので、それほど気にしていなかったが、聞くところによると都会では、うっかりくしゃみもできない緊迫した状況らしいが無理もない。これほどの事態は、誰も想定していなかった事だろう。
 カミュの「ペスト」が静かに販売部数を伸ばしているとか。家にこもっているこの機会に読むのもいいかもしれない。私も好きな小説の一つだ。

 ヨーロッパを旅すると、ペストの記念碑や、関連した歴史的な場所が各地にあって、疫病の記憶が生々しいのに驚かされる。
 日本でも流行り病というのは平安時代から記録にあるが、文学にそれほどとりあげられてこなかったのはなぜだろう。天災や飢饉の方が切実だったからだろうか。方丈記の災害の描写でも、病気というものの概念が違う印象を受ける。宮沢賢治のグスコーブドリも命を捨てたのは冷害のためだった。

     

芍薬 一族一種の孤高の花

 疫病の文学で、好きな作品は、などというと顰蹙を買いそうだが、数字に一喜一憂するのも一つの対応ならば、想像力を働かせるのも、病という目に見えぬ巨獣との戦い方の一つだろう。14世紀、ボッカチオの「デカメロン」もペストから避難した人たちそれぞれに語る物語のオムニバスだ。隔離された状態で語り合う、というよくある設定の物語の嚆矢である。華やかなルネッサンスの陰に疫病の恐怖があったのだ。

 E・A・ポーの「赤死病の仮面」は、掌編ながら、耽美的で、私の疫病文学オールウエイズベストスリーの一つだ。。ペストの蔓延する中、プリンス プロスぺロは選りすぐりの美しく健康な友人たちと山岳深く、城塞のように堅固で広大な修道院にこもってペストの終息を待つことにする。それは外界の死ぬものは皆死ぬのを待つということである。罪悪感と不安に慄きながらも、一見陽気にパーティーに明け暮れる人々。ことのほか華麗な仮装舞踏会の最中、時計が真夜中を打った時、血まみれの衣装の赤死病そのものの姿の人物がこつ然と立っている。彼が歩を進めるとその周りで美々しく着飾った人々は次々床に頽れてゆく。運命の時が来たのだった。最後の華麗なる滅びのシーンがすき。滅びゆくものは美しい。ならばドードー鳥は?テイラノザウルスは?という、つっこみは聞かなかったことにしたい。

                  

工房玄関前の白山吹

 ペストの、黒死病という翻訳も怖ろしいが、赤死病の赤の禍々しさもすごい。その点、コロナという呼称は日蝕の時の、太陽の周りに見えるガスの輝きを連想させて、何となく明るい感じがするのが救いだ。ついでながら、月は地球から徐々に遠ざかってゆくが、ちょうど今が、太陽とほぼ重なる大きさに見える唯一無二の時代なのだそうだ。なんと絶妙の時に生まれ合わせていることか。月がもっと遠くなって小さくなれば、太陽のコロナは見えにくくなるのだろう。
 前にも書いたかもしれないが、地球の誕生から今までは、ほぼ46億年、これから滅亡までは50億年くらいだそうだから今が地球という星の真っ盛りで、この後はだんだん滅亡へと推移してゆくのだ。地球さえ滅ぶ。いはんや人類をや。
 コロナ・ウイールスは、過去のパンデミック天然痘やペストほど致死性も感染性も強烈ではないと言われている。勿論、医療にたずさわる方々はじめ大勢の人が責任を持って活動してくれているからこそ抑えていられるわけだが、それでもここまで広がってしまったのは、つまり、人類も老いたということなのだろう。どうやら、地上での人類一強の時代の終わりの始まりになるのかもしれない。当然のことである。すべてはうつろう。人類だけが例外とは考えられない。
これまで欲望のままに環境を破壊し地球を汚し続けてきたのを多少なりとも反省し、生々流転の仲間たちの節度ある一員として、この星の盛りの時を楽しめるといいのに、と思う。
 ひるがえって自分はどうだろうかと考えると、それほど地球に迷惑をかけているつもりもないが、役に立っているとも思えない。心もとないし情けない。

 何となく庭に出て雑草を抜く。外来種は抜き、日本の固有種に水をやる。これも人間の勝手な所業だろうか。白い花が好きだと言いながら、引っこ抜いているハコベもぺんぺん草も味のある白い花を咲かせている。「花は哀惜に散り、草は忌嫌に生うるものなり」と道元禅師は書いていた。これは、どう考えても感じても良いが、そのままにしておけということだろうか。何が地球に本当に役に立つのか教えてほしい。自然の理に即して生きる知恵ある生き物たち、梟よ、蛇よ、そして亀よ

 亀鳴くや人類の病む静けさに   橋本薫

        

             

友情出演 本棚の上のクリスマスローズ