やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

Alexis

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 マルグリット・ユルスナール女史の処女作「アレクシス」。1903年生まれの彼女の26歳の若書きということになります。

 主人公アレクシスの妻への別れの手紙という書簡形式の小説です。
文庫の表紙は、エゴン・シーレの自画像ですね。主人公は、もっと青ざめた印象の人物です。没落貴族の末裔で、音楽家で、病弱で…。
 美しく優しく資産家の申し分ない妻への別れの理由を「この手紙は長くなるだろう」と前置きしながら延々と書き綴って実に細かい。寂しい子供時代の思い出から、屋敷の廊下の奥のだれも気にとめないような一枚の絵についてなどなど、こんな別れの手紙をもらった奥さんも大変だなと同情したいくらい。
 なかほどで、二人が出会って結婚した頃の思い出になり「僕は君を愛しては、いなかった。ほらね、僕は君に何も隠したりしないよ」なんてせりふがあって(正直すぎるわい!)と思ったり。

 それでも、読み終わったときは、そんな風にしか生きられない人物の、存在の孤独が胸の奥にしんとした小部屋を作っていました。人の世の、ものの哀れみたいなものに浸された場所です。要するに納得させられたんです。大した技量です。

 書簡ですから、文章もユルスナールの後期の作品に見られるような凝ったものではなくシンプルです。しかし、かっこいい。思わず書き写してしまったくらい。
 とっぴな連想ですが、「もう最初の鼠はとったかい」とはじまる岡倉天心の猫への手紙を思い出しました。猫への手紙といっても当然、猫を送ってくれた、天心の理解者でもあったガードナー夫人が読むでしょう。そして婦人は「なんて優しい、かわいげのあるひとかしら」と思ったに違いないのです。巧まずして女性の心をがっちり掴んじゃうのがカリスマ性というものなんでしょうねー。ユルスナールの文章にも、そんな”何か”が感じられました。
 別れの理由は結局なんだったのかって?それを説明するのには、まさにこの小説一冊が必用なんですね。