歩いている間に干物になっちゃいそうな暑さ、にもめげず句会です!
いつもながら御心入れのお菓子。この日は京都「和久傳」の蓮根餅「西湖」でした。
味はもちろん、写真上の竹かごの中に、笹の緑も青々とした蓮根餅。完璧な佇まいです。以前イスラエル人のアーティストさんが、小さなお干菓子の仕上がりに「信じられないほどパーフェクトだ」と感心していらっしゃいましたが、この蓮根餅を見たら気絶なさることだろうと思います。あ、瑠璃ガラスのお皿の上の生菓子は金沢の「森八」です。
さて今回も素敵な句にたくさん出会えました。
踝(くるぶし)に見ゆる若さや風の盆 くの一
良い句ですね!
踝と言えば
踝を翁のほむる紅葉かな 大石悦子
という、昔ものがたりのような不思議な味わいの句がありますが、くるぶしって色っぽいものですね。
風の盆の闇の妖しさ、がかんじられまs。
蛍籠夜風のために開けてをり くの一
作者が開けたのか、気がつくと開いていたのかわかりませんが、私個人としては、知らないうちに、開いていた方がいいなー。
父母の亡き裏口開いて枯れ木山 飯田龍太
龍太氏の句の裏口も超自然的なものの通い路のような底深い暗さがあります。
蛍のいない蛍籠の闇も、また深い。
病垂れ崩れて梅雨は明にけり 井上
やまいだれ、は漢字の偏の病い垂れですね。書き崩してあったその字が、何だったのかはわかりませんが、あまり元気溌剌な言葉ではないでしょう。頭の重くなるような鬱陶しい梅雨の気分に通底するものがあります。やや神経的な感じがしますが、おもしろい発想の句、と思いました。
秋日和郵便ですよと手渡さる 小林
何気ない日常の一こまですが、こういう非常に淡い情感は俳句ならでは言い留めえないもの、とおもいます。秋日和という季語のよろしさをしみじみ感じます。
初秋の机上に置きし唐詩選 小林
ふふ、わかる~。暑い夏の間はだらだら軽めの本ばかり読んで過ごしちゃったけど、やっと秋めいてきたから、ちょっと厚い本でも読んでやろう。ノートでも取りながら読んでやろうか。という気分。読書家の句ですね!
多士済々の金沢句会。今月も楽しかった