やきもの日和

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午後の読書 「マイトレイ」ミルチャ・エリュアーデ著

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碩学、二人目、ミルチャ・エリュアーデ(1907~1986)は学術的著作の他に小説を書いていました。私は、むしろ小説家として好きで、もっと有名になってよい作家だとおもっていましたが、ご本人にとってはどうだったのでしょう、研究は主にフランス語で書いたそうですが、小説は亡命した母国ルーマニアの言葉で書き続けました。母国では長く発禁になっていましたから、同時代に読まれるとはあまり考えていなかったのかもしれませんね。

しかし「マイトレイ」は亡命以前の若い時分の処女小説なので、ルーマニアでは評判になったそうです。著者の告白的恋愛小説、見事なまでのboy meets girl です。ヨガの研究のためインドに渡ったエリュアーデはヨガ師匠の令嬢マイトレイと恋に落ちます。

これまでの恋の告白に、かつてユーカリの木に恋をしたと話す彼女に、

「おとぎ話を聞くような気分で耳を傾けていたが、同時にマイトレイが私から遠ざかるのを感じていた。なんとややこしい魂だろう。単純素朴で分かり易いのは文明人だと思っているわれわれの方で、(中略)この人たちは、一人一人が計り知れない歴史と神話を秘めている」

恋愛をして世界が変わるのは文明人だろうがそうでなかろうが、同じだと思いますけどね。ともかく狂おしくも激しく美しい初恋。

師匠は知的で洗練された人物だったとはいえ当時としては自由恋愛などまったくの想定外だったので、エリュアーデは破門されました。ヒマラヤから彼女宛てに手紙を書き続けるも怒り心頭に発した父親はすべて握りつぶし、そのうえ「何の連絡もしてこない不実な人間だ」云々と批判し続けたらしい。彼女も終には、あきらめ、堅実な結婚をして詩人として成功します。マイトレイは実名です。

エリュアーデの死後遺品を整理した中に、一つの封筒があり、彼女の、走り書きや押し花、一房の髪がおさめられていたそうです。

小説としては、後の、「妖精たちの夜」や、「ムントゥリャサ通りで」、そして忘れ難い「百合の花陰で」など、魔術的リアリズムと言うのでしょうか、不可思議で不条理な物語が好きでしたが、これほどまでみずみずしい恋愛小説をこの年になって読み返すと、かえってしんみりしました。