果実を収穫する時、てっぺんの一顆を木に残して、木守りにする、という風習があります。
深い意味は知りませんが、なんとなく、その木や自然への感謝の気持がこめられているようで、ちょっと良いなとおもいます。
家の裏山の柿は渋柿なので、てっぺんだけでなく全枝木守り状態ですが、霜や雪に会うと、あら不思議、渋柿も甘くなるんです。鳥やけものもそれを良く知っていて、ちゃんと甘くなったのから食べてゆきます。
寒波のゆるんだ今日、柿をとってもらいました。あまくなっているかな。
青呉須手の大皿にのせて、しばらく眺めます。いい色です。どれ一つとして同じでないのに、それぞれにきれいな柿色。
形も凸凹で汚れや虫食いもある。それが美しい。
この大皿も、こうしてみるとなかなか渋いじゃないですか。自画自賛
もうちょっとシミが出来たり古びが出るともっと良くなるんだがな。それにはあと百年くらいかかるかな。
さて、の絵で一番好きなのは、牧谿の水墨画の柿です。さらっと描かれてなんともいえないあじわいです。
それにしても牧谿は13世紀後半の、中国宋元の時代の禅僧でした。
その時代に日本原産の柿は、すでに中国に伝わっていたのでしょうか。疑問です。