やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

さくらんぼ

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今年は木になるものの生育が遅かったんですってね。
長野県のサクランボとマンゴーいただきました。箱もかわいいの。明朝体が効いています。完熟じゃなくて甘熟なのね。
ちょっと汗をかいたマンゴーさんの存在感すごいっ!一個でお腹一杯になりました。ヨーグルトを掛けて、食べながら、「あ、ここを写真とるんだった」と思ったけれど匙を止められず一気に完食!
サクランボも山形の佐藤錦より大粒で甘いくらい。

サクランボは、口の中のはるか彼方にほろ苦さがあるのみたいなのが、又好きなんだけれど、この品種は苦味は遠い思い出程度にうっすらです。
たっぷりの甘さに度良い酸味、計算されつくした完成されたお味でした。

 品種改良がすすむと野生の香気みたいなものは薄れてしまうものですが、いかに原種好みの私といえどもここまで美味しければ文句はありません。

 なんだか持って回った言い方になってますね.
そうなんです。私は基本的に野趣があるほうが好みなんです。食べ物でも、花でも、焼き物でも。

 例えば清朝の磁器の花瓶の人間離れした巧緻な技より古染付の自由闊達な筆遣いが好ましいといった具合です。全く破綻のない完璧さも勿論は凄いなとは思いますが、破れへたったつぼに美を見出すのも深いし渋いですよね。

 この完璧なサクランボは、今、美味しさの 頂点にある。と、いうことはすでに凋落へ踏み出そうとしているわけですね。命あるものの完璧はすでにあやうい。だからこそいっそう美味しいともいえる。

工芸品でも建築でも、完璧は哀しいものです。その哀しみを知っているか知らないかが、完璧で面白いものと完璧でつまらん物を分けるポイントではないでしょうか。