やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

さくらの器

桜文様の器はいろいろ作ってきましたが、最大はこの大鉢です・直径が44センチ高さ18センチくらいです。【くらい」というのは歪んでいるからです。

灰釉をかけたので、薄々と霞がかかったような雰囲気になります。手前の煎茶茶碗も灰釉なので、外側の桜川図がやや滲んだ感じ。

灰の中に含まれる鉄分が飛んでいます。「鉄分は地球の個性である!」と、私は主張しているんですけどね。

大きいので使い道を問われるとこまりますが、猪八戒ならラーメンを食べるかも…。

歪んでます。

染付の桜を多く描いてきたので、色絵や赤絵の桜をもうすこし作ってみようか、と考えています。

 

釉薬に蒼き桜を閉じ込めて  おるか

これはどう見ても連句の句風ですね。付けてみましょうか

  囀りの降る両の手のひら   おるか

 

 

 

 

やすらえ花よ

低地の町にでると、桜が満開でした。公園も用水路の土手沿いの道も、さくら、さくら。

きれいに掃除された地面には、まだ花びらが散っていません。まさに今日この時に満開になったのですね。

しかし、どの木もみな古木です。手前の桜も幹から大きく避けています。日本中の染井吉野がそろそろ寿命がつきる時期だと、聞きました。

「年年歳歳花相似たり」と唐の詩人は書いていますが、花も又うつろう。滅びゆくものは一入美しい。

暖かな日射しに喉が渇いたので九谷焼美術館のカフェによりました。

宇治の玉露「翠玉」は緑の味がします。染付の急須は拙作です。大事に使っていただいてうれしい。

お盆も器もしぶいとりあわせですね。

 

 

その後、別のお茶をだしていただきました。この茶碗も拙作ですが、実物はとても小さく直径3センチくらい。おままごとのように小さな器でほんの一口づついただくのも、たのしいものです。

帰り道は山の中を縦貫する道を走りました。芽吹き出した木々の広がりのはるか向こうに白山が朧にかすんで「時よ止まれ!おまえはあまりにも美しいー!」と車の中でゲーテじゃないけど叫んじゃいました。

家に戻って、我が家のさくら。

見分けにくいけれど、左上の山の、山桜が満開。枝垂桜は半分くらい咲き出したところでしょうか。

そして、これまた見分けにくいけれど、右手前が辛夷、真ん中奥の一番背の高いのが招霊木おがたまの木です。

辛夷は満開ですね。何とも言えないすがすがしい香りが降ってきます。

あっという間に過ぎ去ってゆくうつくしい時節。

 

さくら花散りかひくもれ老いらくの来むといふなる道まがふがに 業平

 

堀川の大臣の四十の賀の歌ということで、一見『老いること無かれ」といっているようですが、そして、その場にいあわせればそのように受け取れたでしょうが、一首だけ読めば、むしろ、花は散るもの、人は老い、死ぬもの、ということを反語的に強調しているとも思えます。圧倒的な華やかさのさ中に滅びの姿がみえる。さくらはそういう花ですね。

老幹の腐りて甘き香のさくら  おるか

黄連の種

まだ若すぎて柔らかいけれど。もうしばらくすると固く締ってきます。黄連の鞘。

 

 漢方の健胃薬に用いられるのは根ですけど。裏山にキハダもあったのですけれど、雑木だと思ってか、切られてしまいました。もったいない。

 自然界には、さまざまな薬効のある植物がありますが、なぜか風に利くというのはないんですよね。葛とかクコの実とか、葱とか、風邪によいとされる民間薬は滋養があって体力がついた結果、風邪も治る、というもので。

このところ春の風邪をひいてしまってぶらぶらすごしてしまいました。もう少し暖かくなってほしい。

 

松の実を粥に浮かべて春の風邪  おるか

松の実大好き。

毒草の美

今年もやってきたこの季節。東西キンポウゲ科対決。バルカン半島代表クリスマスローズと日本の里山代表菊咲きイチゲ。

イチゲの方は、小さいだけに全草のまとまりが良い。クリスマスローズは華やかだけれど、葉に、やや趣の欠けるきらいがある。甲乙つけがたいですね~。

御覧の通り、植えっぱなしでろくに手入れもしない庭の片隅で、着実に増えてくれるのが、僥倖といいましょうか。

山に入りますと、トリカブトなども自生しています。深く鮮やかな青紫色が美しい花です。さすがに庭植えは控えてますけど。

どんなものでも、たくさん食べれば毒になるといいますが、キンポウゲ科はちょっとでもアコニチンですから。

それでも、春一番に咲いてくれる、雪国には嬉しい花々なんです。地の底から、こんな美しい色を吸い上げてくれてありがとう。高貴な色調です。

洋種トリカブトの毒性についてはプリニウスも触れているそうですが、中国では使用法によって起死回生の妙薬にもなると伝えられている。

 そういえば中国の天地創造神話で,混沌とした宇宙卵の天と地を分けた最初の存在という「盤古」は陰陽の象徴にもなっている二つ巴の球を持っています。相反するものの中心にそれぞれ、陰の巴の極というか目には陽が、陽の巴は陰の目をいだいている。毒も薬も、結局人の用い方次第ということでしょうね。

 

 春雨や毒草の芽のやはらかに  おるか

春の雪

積もったと思ったら、みるみる溶けてしまった。春の雪。

名残の寒さにうつむきながら、いちはやく花をつけてくれるクリスマスローズは、雪深い山里には嬉しい植物です。

平地は春めいて来る今頃が、季節の遅れが著しく感じられる、つらい時期です。

そのせいか、春早く咲いてくれる花を庭に多く植えているかもしれません。

例えば、芍薬より一ヶ月は早く咲いてくれる山芍薬とか、一輪草より半月早いイチゲとか。ほんの少しの違いだけれど。

庭に出ては新しい草の芽をみつけるのが嬉しいこのごろです。

今朝はサフランの芽をみつけました。雄蕊を摘んでしまうといかにも不機嫌な顔で枯れてしまうその花。そのうえ「どうせ咲いても意味ないですもん」とばかり数が減っていくのですが、やめられないサフランライス。

そういえば、萱草もオオバギボウシも減ってきたような…。でも、美味しいのよね~。

 

 ものの芽の影の音符のつづきけり  おるか

実際小さな葉がちらっと出ているのが音符みたいで、並んで揺れる姿は春の行進曲ってとこです。

招霊木の蕾

招霊木・オガタマの蕾が落ちていました。

寒さがぶり返したので、こらえきれなかったのでしょうか。

高い樹上に在って、写真の撮れないオガタマの花。つぼみももっと大きくなるはずだったのに。

朴の木や泰山木同様、モクレン科なので,花の時は木の下で香りだけは楽しめます。

幼い蕾を嗅いでみるとそこはかとなく香るような、気のせいかもしれないような。

ろくに世話もしないのに大きく育ってくれた招霊木。庭の隅で、窓から眺めることもできない場所にあるんですよね。我ながら計画性のなさがうらめしい。

それでも、幹に手を触れて、気持ちだけは「まずたのむ」つもりでいるんです。

 

 

   まずたのむ椎の木もあり夏木立  芭蕉

 

いざというときは椎の木の実を食べられる、という気持ちだと誰かが書いてましたが、ほんとかなぁ。椎の実を食べられるまでにするには、すっごく手間ひまが要るそうじゃないですか?幻住庵の芭蕉がそこまでするかしら?枝ぶりが良くて「良い木だなぁ」と思ってたってことかと独り決めしていたんですけど。

 

招霊木の蕾誰が霊宿すらむ   おるか

短歌的になってしまった。

キクザキイチゲの蕾

 早春に咲く山野草の中で、キクザキイチゲは華やかさがあります。花の周りをエリザベス・カラーのように葉が取り巻いているのもなんとなくお洒落。

ふつうは白が多いけれど、我が家の小さな庭のイチゲはみな薄紫色です。「毒、あります。」と表明しているみたいです。キンポウゲ科ですから、トリカブトほどではないものの確かに毒性があります。

 とはいえ、根っこはかなり深いので、致死量になるほど集めようと思ったら、相当、頑張って掘らなければならないでしょう。掘るうちに疲れてあきらめるんではないかしら。

丁度、咲き始めたクリスマスローズもキンポウゲ科。

ここしばらくは、東西キンポウゲ科対決を楽しめます。

 あえかな毒を秘めているところがキンポウゲ科の魅力です。

「美しきもの見し人は・はや死の手にぞ わたされつ」

美の底には毒がある。毒のないのは、たんなるきれいごとにすぎない。