やきもの日和

やきものを作ったり俳句を作ったり

12月の連句会

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山中温泉芭蕉の館での連句会。週末の大雪で足もとのお悪い中、5人の連衆が集まりました。
これぞ、風狂の友と申せましょう!
写真のように雪深い景色です。

さて今回は、

先月ついに初折の花の定座まで進み、

 花吹雪団十郎になりきって  上出

という
歌舞伎のあざといまでの極彩色の世界に「この世は舞台、人は皆役者」のシェークスピアの言葉をおもいださせる無常感に裏打ちされた
絢爛たる句をいただきました。面白うてやがて悲しき一句ですね。さて、それにつづけて春の短句。これで初折も最後です。


  蝶の屍を拾ふ人無し  西

前句の花は、染井吉野のかんじがしますね。歌舞伎が残酷味をましてゆく江戸末期に、創出された染井吉野の、禍々しいまでの見事さはその時代の気分を反映するかのようです。「桜の樹の下には死体が埋まっている」という梶井基次郎の言葉が示すように、、美しすぎて不吉な予感をかんじさせる桜ですね。美しさの中の死。蝶の屍とは、見事な展開です。
一見明るく賑わしい前句の、行間に漂う闇をみごとに照らし出した秀逸な一句と思います。

春の句は、三句以上並べることになっているのでもう一句春の句をつづけます。
ついに名残の折にはいりました。新たな展開も欲しいところです。


 やうやうに日の傾きて遍路道   橋本


さして面白みもありませんが無難な一句かな。
しかし、今回の歌仙は現代仮名遣いでまいていたはずが、つい歴史的仮名遣いしてしまいました。すみません。
この歌仙も半分まで進んできたところでこれからもどんなところを経巡っていくのだろうという気持ちです。
解脱を目指すお遍路さんは、この世のもののあわれにも心を動かされないようにと、道野辺の蝶々の屍も、あえて見捨ててゆくかもしれませんし。
さて、次は雑の短句をおねがいしました。


 上方からの便り届きて  平井


さりげない句ですがインパクトの強い言葉や題材ばかりでなくさらりと前句の景気を受けて次につなげるのは、実は案外むずかしいものです。うまいな。

さあて、次回は、ちょうど芭蕉の館のほど近くの、道明(どうめい)ヶ淵が今度
国名勝に指定される予定だそうなのでそれを記念しましょうということで、

道明ヶ淵で雑の五七五の長句をおねがいすることといたします。